Fiction Holic

かつてはGames will be lovedだったもの。ゲーム、アニメ、漫画、小説、映画などなどのフィクションについて語ります。

パズドラメソッドゲームについてなんとなく思ったこと

ごきげんよう。

スマホで出来るパズルゲームはだいたい特性的に繰り返し遊べることがメリットだと思ってます。2048とか、それでなくても数独とかね。まぁこれら自体は難しさの段階としてはすぐに解けるようなものではないのでこつこつやっていくものですが。

 

で、それでパズドラメソッドゲームって従来のポチポチゲーのポチポチ部分をパズルとか申し訳程度のゲームにすることで革新的だ!という事になってたはずなんですけど、そもそも目的であるパズル・ゲームを手段にしてしまったことで、パズル・ゲームが苦痛になってるよなーと思うんです。

 

っていうことを前にも書いた気がしてきた。

 

軽く遡って見たら同じような事を別の視点から書いてたけど、まぁ、いいですよね…。

 

というわけでこれ、プレイ中拘束度の高さの話にも関連してます。どれだけプレイ中に拘束されないか、と言うストレスの問題。でもこれってもう逆転というか先祖返りしてる。

 

ポチポチゲーが「つまらん!ゲーム性がない!」と言われてきたところに、ポチポチを代替したパズドラメソッドゲームが出現したことで「いけるやん!」ってなってたのが、氾濫したパズドラメソッドゲームやリアルでの時間の取れ方っていう問題もあるけど、ゲームに割ける時間が減少してしまったためにながらプレイをする必要が出てきて、それでゲーム性が高いと自分のリソースをそのゲームに注ぎ続けなければならなくなる。拘束度が高いのがうっとおしくなる。画面を見なくてもよい、操作も少なくてよくなるゲームが遊びやすく感じる→それってポチポチゲーだよね?という流れ。

 

じゃあどうすればいいんだろうね?という問題になると、ゲーム性が高いのはそのゲーム自体だけで出せばいいし、ポチポチゲーにしたいならリソースの使用の判断と運用の計画性が大事な方面かキャラ萌えにすればいいし、それでもパズドラメソッドゲームが出したいというのであれば、もうなにも言うことはない、やりたい事をしてくれ、としか言えないなぁと言う気分。消費者的にはどれが来ても食指が動かなければ遊ばないと思うのでどれでもいいんじゃね?という感じですが。

 

 

 

 

なんかめっちゃパズドラメソッドゲームをdisってる気がしてきたけど、基本的には面白く感じるものもあるしウェルカムですよ