Fiction Holic

かつてはGames will be lovedだったもの。ゲーム、アニメ、漫画、小説、映画などなどのフィクションについて語ります。

ゲームのアプリで他のユーザーとのスコアを共有する機能についてちょっと考えた話

ごきげんよう。

最近、CMでやってるファームヒーローというパズルゲームをやっていたのですが、遊んでいるといちいち「Facebookに接続して友達とスコアを競おう!」みたいな事をいいやがりまして非常におせっかいだなぁと思い無視し続けていたのですが、ちょっとこれについて考えてみたく思いました。

 

結論から言えば「無いよりあったほうが良い」、でしょうか。

世の中にいろんな人がいるようにゲームを遊ぶ人もいろんな人がいて、ゲームを遊ぶ目的もいろいろあったりします。CMで見たから、友達がやってたから、ゲームが好きだから、暇だから、等々。で、そんな人達の中でスコアを気にする層が一体どれぐらいいるのかなぁ、と考えると…ゲームのアプリだと、プレイヤー全体中の1桁%ぐらいしかいないんじゃない?と思います。そりゃ作品によってはもっとスコアアタック狙う人ばっかりのゲームもあったりするかもしれませんが、F2Pのゲームだったりすると「お前それ一体なんのためにインストールしたの?」というようなユーザーがいてもおかしくないかな、と。

じゃあなんでその限られたスコア気にする勢のためにくっそうざいスコア共有するシステムを保持しなければならないの?と言うと「他のプレイヤーとの交流はゲームの寿命を伸ばしうる」ためだと思います。これはこの並べて消して落ちる系パズルゲームにかぎらずいろんなゲームジャンル、ゲームの形で言えることだと思うのですがゲームはゲーム単体で楽しめる他にも他の人とそのゲームに関する話題等を共有する楽しみも持っているのです。で、一人でただもくもくとプレイし続けているよりも「他のプレイヤーがどれだけのスコアを出したよ」とか、「どのステージまで進んでるよ」などの情報を共有することでゲームに対するモチベーションが回復し得るのではないかなぁ、と。

 

要は一人でゲーム遊ぶよりも他の人と一緒に話題共有して遊んでくれた方がプレイヤーも開発運営側もwin-winなんだ、ってことです。

 

ただ、個人的ににスコアアタックというのはそのゲーム全体を通して1回クリアしてから、そのゲームに必要な技術・経験を十分に習熟して初めて発生しうる遊び方だと思っているので、終わりが見えないゲームだったり終わりがないゲームだったりで友達とスコアを共有しよう!って言われると「いや、そういうのいいから…ノーサンキューなんで…」ってなってしまうのは仕方がない事だと思うのです。

 

終わりがないゲームなんてないんだよなぁ…